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悪魔の証明を求める民主・岡田代表 古臭い手法に国民はうんざり?

time 2016/02/04

悪魔の証明を求める民主・岡田代表 古臭い手法に国民はうんざり?

 甘利大臣の閣僚辞任により、またとない好機を得た野党・民主党。
 ところが、内閣支持率は下がるどころか上がるという不可解な事態に。
 厳しく与党を追及して責任を問い、民主党の存在価値も高める。
 そんな目論見を胸に、満を持して登場したのが民主・岡田代表でした。

 ところが、岡田代表の首相への質問はキレがないと言わざるを得ない内容。
 「政治献金が影響ないというならその根拠を示せ(要約)」と指摘するも、
 「ないということをないと証明するのは悪魔の証明だ」と返されます。

 なぜこんな不毛な議論を党首対決の場で繰り広げられるのか。
 国会の「悪しき因習」が原因なのですが、いつまで脱却できないのでしょう。
 野党こそ改革派であって欲しいのに、逆転している日本の国会。
 もう、古臭い手法はやめにしてもらいたいところです。

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「悪魔の証明」は不毛な議論の代名詞

 「悪魔の証明」といえば、一時期ネット上でも流行しました。
 「ないことを証明すること」を指して使われる言葉です。
 本来は法律用語で意味は違いますが、誤ったまま定着した感があります。

 「黒い羊が存在するか?」を証明するには、黒い羊を一頭探せばよい。
 しかし、「黒い羊は存在しないか?」を証明するのは難しい。
 世界中を過去まで遡って「存在しない」ことを証明せねばならない。
 これは現実的に不可能で、このような問いを「悪魔の証明」と呼びます。

 「悪魔の証明」を求める者は、周囲から批判的に見られます。
 無理難題を投げかけて、相手が回答できないことで優位を感じたい。
 そのような浅ましい性格である印象を与えるからです。

 そんなネット上の文化を知ってか知らずか、国会の場で用いられました。
 それも、首相と野党第一党・党首というトップ対決。
 もうこれ、笑うしかありませんが、国民としては心からは笑えません。

噛み合わない国会質疑

 トップ対決の詳細は、産経新聞の記事が詳しいです。

 民主・岡田代表は、政治資金の問題ではなく賄賂だと追求したい。
 そして、甘利氏に収賄容疑が出れば首相の任命責任を厳しく問えます。
 そこまでがシナリオであることは想像できます。

 そこで、甘利大臣が受け取った金を「政治資金だと思うか?」聞き続ける。
 首相から「政治資金とは言い切れない」という回答を引き出したいのです。

 ところが、首相は「政治資金は適正に処理すべき」の原則論で回答。
 そして、違法性については個々の事案、と答弁を避けられてしまいます。
 要は「賄賂かどうかの判断は検察の仕事だろ」という返しです。

 負けずに岡田氏は甘利氏がTPP交渉などで巨大な権限を有していたと指摘。
 他にも、不可解な賄賂があったのではないかと責め立てます。

 首相は「具体的にどの品目についてどういう影響を与えたのか」と逆質問。
 「具体的に述べなければ、無責任なただの誹謗中傷に過ぎない。」とし、
 「いいがかりをされても私は答えようがない」とまで言われてしまいます。

 そして出てきた岡田氏の言葉がこれ。
 「政治献金で影響を受けることはないと断言したから言っている。」
 「断言された以上は、根拠を示さなければならないのはあなたではないか。」
 「具体的に疑いがあると言ってるわけではない。」

 もう、何が聞きたいのかわからなくなってしまいました。
 まず、「賄賂」と認めさせられていない時点で、後の話が繋がりません。
 その上、「悪魔の証明」を求めるという流れです。

野党の目的は「印象操作」でしかない?

 岡田氏は仮にも野党第一党たる民主党の党首を務める方です。
 岡田氏には岡田氏の理屈があって、質問に立っているはずです。
 それは「かつてはこの手法で効果が上がっていた」ではないでしょうか。

 少し逸れますが、予算委員会で予算と関係ない質疑があるのはなぜか?
 その理由は、予算案の成立時期を先延ばしにしたいからです。
 予算執行までに予算案が通せない内閣は、力不足の印象を与えます。
 それが、野党にとっては有利に働くからです。

 力不足の印象を受けるのは誰か? それは国民です。
 つまりは、国民に内閣・与党の力不足を印象付けるのが目的なのです。
 そのために、予算とは関係ない質問を長々と続けるわけです。

 ただ、あからさまに不毛な質問を続けたのでは、野党が悪印象です。
 そこで、世論を見極めながら与党を責め立てていくことになります。

 しかし、これはもう時代遅れの手法になりつつあります。
 それに先に気がついたのは、内閣・与党の方にみえます。

なぜ予算委員会で関係ない質問をするの?の意味

 予算委員会で関係ない質問をするのはなぜか?
 一時期、複数のメディアでこの問いの説明がなされました。

 この質問は、答えよりも質問が出た理由の方が重要です。
 長く慣習としてやられてきた質疑に、疑問を持つ人が出てきたということ。
 つまり、「印象操作」に価値を感じない人達が出てきたということです。

 この風潮をいち早く汲み取ったのが、答弁する側の首相でした。
 「違法性があったかは答えない」「曖昧な問題提起は誹謗中傷」
 かつてなら「首相の苦しい答弁」とか「開き直り」とされたでしょう。
 しかし、首相は自信を持って強気で言い返しています。

 それは質問が「本題ではない」「ただの印象操作」だと断じているから。
 そして、それを国民も理解していると判断したからだと受け取れます。
 国会対策からして民主党は劣勢に立たされているのです。

 ただ、岡田氏にも苦しい事情があることはわかります。
 関係ない話題でも、与党を追及することを求める支持者がいます。
 何も、すべての支持者が時代の風潮の先端にいるわけではありませんから。
 そんな支持者にも応えなければならない立場もあるのでしょう。

選挙年齢引き下げでさらに加速する?

 日本の最高峰の議場である国会が、実は印象操作の場であった。
 そんな実態はこれから是正されていくのかといえば、暗雲が立ち込めます。
 それは、選挙年齢が18歳に引き下げられるからです。

 政治に精通していない若者は、印象で支持政党を決める傾向があります。
 その若者が一気に増えるわけですから、印象操作は加速するでしょう。

 しかし「アベ政治を許さない」などのレッテル貼りは実体がありません。
 そのことは必ず見抜かれることになると思います。
 でも、それまで下らない印象操作が続くと思うと、うんざりです。

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