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「真田丸」で盛り上がる「聖地巡礼」候補はどこか?

time 2016/01/12

「真田丸」で盛り上がる「聖地巡礼」候補はどこか?

 NHK大河ドラマ「真田丸」が始まりました。
 視聴率的にもまずまずの滑り出しで、期待されています。
 役者もそうそうたるものですが、脚本が三谷幸喜というのも楽しみです。

 さて、新しい大河が始まれば盛り上がるのが「聖地」です。
 何せ観光収入が跳ね上がる「特需」が期待できるのですから重要です。
 真田といえば、長野県の上田が中心地であることは間違いありません。

 他にどんな「聖地」候補があるのか?
 いまのうちに先回りしておけば、おいしいネタになること間違いなしです。

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「九州落ち」の逃避先 鹿児島県南九州市頴娃町の山奥

 真田信繁(幸村)といえば、長野県上田に大阪城が一番の活躍の場所です。
 それに、関ヶ原の合戦後に幽閉されていた奈良県の九度山でしょうか。
 ところが、そんな狭い範囲で終わらないのが信繁なのです。

 「花のようなる秀頼様を、鬼のようなる真田が連れて、
  退きも退いたり加護島(鹿児島)へ」

 信繁は敗北した大坂の陣後に、豊臣秀頼を連れて九州に堕ち延びた。
 そんな伝説が、当時から庶民の間では囁かれていました。
 その逃げ延びた先とは、鹿児島県鹿児島市谷山です。

 その後、同県の南九州市頴娃町に住み、天寿を全うしたといいます。
 もちろん、そこには「真田幸村の墓」があります。
 これ、大河ドラマが進めば、注目度が上がること間違いありません。

 ただ、非常に未開発の山奥にあるようでして。
 しかも、証拠となる墓碑や六文銭などもみつからないのだとか。
 これは、脚本家・三谷氏の「魅せ方」に期待するしかありません。

「九州落ち」後の放浪の末に 秋田県大館市

 「九州落ち」伝説はさらに話が分岐します。
 薩摩が徳川に恭順したことで、信繁は放浪の旅に出たというのです。
 その末に辿りついたのは、秋田県大館市。

 信繁の四女が佐竹家に嫁いでおり、その縁で秋田に辿りついたという説です。
 もちろんここにも「真田幸村の墓」があります。
 一心院という寺にそれはあるそうです。

 こちらは鹿児島と違って、駅からのアクセスもよろし。
 観光地として盛り上がる可能性を大いに秘めています。

 気になるのは、ただでさえ「伝説」とされる「九州落ち」。
 そこから、さらなる放浪を経ての秋田県入り。
 ちょっと、信憑性という面で如何なものかというのが気になるところ。
 やはり、三谷氏の脚本次第ですね。

末裔が住んでいた地 宮城県仙台市

 「九州落ち」伝説は一旦脇におきましょう。
 大阪の陣で死んだ信繁、その子孫は生き残っているのでしょうか?

 実は、娘が仙台の伊達家に嫁いだ折に、次男も連れていかせています。
 その次男は仙台伊達家の家臣として、現代まで子孫を残しています。
 真田徹氏、歴史研究家という肩書になられています。

 ちなみに、宮城県刈田郡蔵王町矢附には「真田幸村ゆかりの地」があります。
 子孫の墓所があるようですが、当然ですが当人の墓はありません。
 ちょっと、縁遠いでしょうか。真田徹氏も東京在住だそうですし。
 やっぱり、三谷氏の脚本頼みです。

史実に忠実なら見込みなし?

 真田幸村といえば、「真田十勇士」が有名です。
 猿飛佐助や霧隠才蔵など、10人の忍者たちが幸村に着き従います。
 これは後世に創作された幸村の仲間達です。

 「真田丸」には「真田十勇士」は登場しません。
 それどころか「幸村」の名前も使われない見込みです。
 「幸村」は大坂の陣の頃から使い始めた名前だとされているのです。

 つまり「真田丸」はリアルな真田信繁を描いた大河ドラマになります。
 そうなると「九州落ち」や「秋田入り」が描かれる可能性は薄いです。

 でも、せっかく各地に「真田幸村の墓」があるのですからもったいない。
 いっそ、「全国・真田幸村の墓巡り」が盛り上がってもよいでしょう。
 このブーム、ファンが騒ぐ前に押さえておいてはいかが?

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