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パラリンピックは差別ではないのか? スポーツの「平等」を考える

time 2015/12/25

パラリンピックは差別ではないのか? スポーツの「平等」を考える

 2016年はリオ五輪の年となります。
 そして、続く2020年は東京五輪が開催される年。
 五輪関連の話題はこれから急速に増えていくことでしょう。

 五輪気運高まる中、乙武氏のインタビューがありました。
 「パラリンピックを無くしたい」と語ったというのです。

 乙武氏の提案は、オリンピックの種目に「障害の部」を作ること。
 柔道の体重別や水泳の泳法別のように、「義足」や「車椅子」を作る。
 そうすることで、健常者と障害者の垣根をなくしたいというのです。

 一足飛びに健常者と障害者を同一競技にすることには否定的だそうです。
 しかし、その否定的な理由までは語られていません。

 しかし個人的に思うのは、パラリンピックは差別的大会なのでは?
 過去からそうとは言いませんが、現在では不適当に思えてならないのです。

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健常者はなぜパラリンピックに出られないのか?

 2068年には100mのタイムで義足選手が健常者を追い抜く。
 現在の義足アスリートの進化は、そんな未来を予想させる程だそうです。
 しかし、義足アスリートが速くなったから差別というのではありません。

 南アのオスカー・ピストリウスはロンドン五輪に出場しました。
 両足に義足を付けた彼は、パラリンピックの短距離では敵なしの王者。
 それが、健常者の大会に出場したということで注目を集めました。

 義足アスリートはオリンピックに出場できるのです。
 しかし、健常者はパラリンピックに出場できない。
 これは健常者に対しての「差別」に当たるのではないでしょうか。

 車椅子競技に、健常者が出場してはいけない理由が理解できません。
 車椅子に乗り下半身を固定すれば、競技条件は大差ないのでは?
 オリンピックはオープンなのに、パラリンピックは障害者限定なのか。

 この逆差別を堅持しつつ「垣根をなくしたい」など罷り通るのでしょうか。
 障害者の競技の方が総じてレベルが低いことが理由でしょうか。
 それなら、乙武氏が体重別や泳法別に例えるのはしっくりきません。
 男女別や年齢別に例えた方が、まだ納得できるというものです。

スポーツの男女別もまた差別的ではないのか?

 競技が男女別になっているのも「平等ではない」と感じます。
 もちろん、伝統的にスポーツは男女別となっていることは理解できます。
 ただ、現在は男女平等が叫ばれる時代、問題視されないのでしょうか。

 スポーツによっては女子選手が男子の大会に出場することがあります。
 しかし、その逆は例もないし認められてもいません。
 つまり、女子は男子より競技レベルで劣ることが前提になっているのです。

 この辺り、すっきりしないのです。
 スポーツ界における男女平等は、現実的にありえないということなのか。

 ロンドン五輪では新しい問題が浮上しました。
 女子800mで銀メダルとなったキャスター・セメンヤです。
 彼女は大会前から驚異的な記録と容姿から、性別詐称疑惑がありました。

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 検査の結果、両性具有であり体内に精巣があることがわかりました。
 彼女の男性ホルモンは通常の3倍の分泌量だったともされています。
 彼女は銀メダルでしたが、金メダルだったら大問題になったはずです。

 にわかに、LGBTに注目が集まっています。
 少数であるとはいえ「第3の性」に真面目に向き合わねばならない時代です。
 スポーツは「男女別」という2種類の性別を貫いていくのでしょうか。
 セメンヤは女子競技に出場し続けることが容認されるのでしょうか。

○○別で納得できるのは年齢別だけ

 唯一、すっきりするのは年齢別です。
 U16やU18といった年齢別は、成長による身体能力の未成熟が理由です。
 逆に、シニアやシルバーといった高齢者は老化による能力低下によるもの。
 これらは、能力差を理由とした○○別として、納得できるものです。

 ただ、スポーツを興行とみるなら、レベルの低いクラスは必要ありません。
 常に、そのスポーツの最高パフォーマンスのクラスだけあればいいのです。
 サッカーW杯が、A代表だけ注目されるのと同じことです。

 女子が競技する姿が見たいというニーズもあるでしょう。
 それは女性に向いている競技を採用すればよいのです。
 男性も出場できるが不利、というのは競技の特性であり差別ではありません。

 同様に、障害者が競技する姿が見たいなら障害が影響しない競技を採用する。
 そこで健常者とも平たく競えばよいのです。
 それこそが「垣根をなくした」スポーツ大会の姿ではないでしょうか。

 東京五輪がその先鞭をつけたと振りかえられる大会になるといいですね。
 まだ世界はそこまで進んでいないような気もしますが。

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