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沖縄翁長知事が国連で政府批判 いまこそあの名言が復活すべきとき?

time 2015/09/24

沖縄翁長知事が国連で政府批判 いまこそあの名言が復活すべきとき?

 国連人権理事会で沖縄の翁長知事が基地問題で演説を行いました。
 「沖縄の人々は自己決定権や人権をないがしろにされている」と訴え、「民主主義が守られていない」と主張しました。

 その翌日には、同じ国連人権理事会の場で辺野古移設賛成派から「沖縄で人権侵害はない」「知事は中国の脅威を無視している」と反論しました。

 国連の場で日本人同士が国内問題を論じ合う事態。一方の意見だけでなくそれに反論することは大事なことですが、世界の人達は「日本の国内でやれよ」と思ったのでしょうか。

 ここでも論じられる「民主主義」。
 民主主義を考え直す良い機会かも知れません。

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翁長知事が「民主主義が守られていない」という理由は?

 まず前提としては国防は「国家としての存立に関わる事務」に該当し、国が管轄することになります。当然、判断するのは政府であり国会議員です。彼らは日本国民の代表として政治を行っています。

 しかし、基地の移設に伴う手続きには知事の認可が必要なものがいくつもあります。例えば、大型トラックの通行許可にしても、国道は国の管轄ですが県道は県の管轄で、知事の認可が必要です。海の埋め立ても知事の認可が必要になります。

 つまり、辺野古移設は国防問題とはいえ沖縄県民の理解を得ないと、実際の作業を進めることはできないのです。

 翁長知事は辺野古移設反対を旗印にして知事選で勝利しました。つまり、沖縄県民は辺野古移設反対を支持しました。

 だから、翁長知事は辺野古移設を推進し続ける日本政府に「民主主義が守られていない」と主張しているのです。

 国と地方は対等の関係です。要は「ねじれ」です。

安保法案と逆の構図 ブレまくる人たち

 「多数決だけが民主主義じゃない」というフレーズ、安保法制で議会の多数を占める与党の採決を牽制するための言葉として流行しました。

 この多数決を利用した最大の制度は選挙です。選挙では有権者が投票という「多数決」を行うことで、議員を選出して政治を任せます。

 翁長知事は、辺野古移設反対を旗頭にして沖縄県民から選挙で選ばれたからこそ、その「反対」という民意を汲まない日本政府に「民主主義が守られていない」と訴えたわけです。

 しかし、安保法案のときには選挙で選ばれた国会議員の多数が安保法案に賛成であるのに「多数決だけが民主主義じゃない」と反対運動を繰り広げられました。

 基地問題、安保、そして反原発までは、いわゆる左派の反発が強い案件。
 左派のダブルスタンダードが顕著に表れています。

 今回の翁長知事の主張を受けて、右派でも「選挙は民意を反映していない」と主張する人がいます。その根拠には、選挙前に左派勢力が反対する為に大勢沖縄に住民票を遷したことなどが挙げられますが、どこまで真実なのかはわかりません。

 右も左もブレまくりなのです。

翁長知事は「民主主義を守っていない」?

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 さらに小さな、名護市辺野古区民の民意というのもあります。
 当の辺野古区民は「知事は民意無視」と批判しているとのこと。

沖縄知事が無視する地元民意 移設容認の辺野古区
産経ニュース 9月23日

翁長雄志知事は国連人権理事会で「日本政府は民意を一顧だにしない」と述べたが、辺野古区の住民は「知事は区の民意を無視している」と反発する。

ゲート前には連日、100人前後の反対派が集まるが、常に参加する辺野古区民は2人だけという。

約1500人の区民の7、8割は条件付きで移設を容認している」と話す。

 国が沖縄の民意を無視しているなら、沖縄は辺野古区民の民意を無視しているというわけです。

 国防は国の管轄なのに沖縄県が拒否する権限を持つなら、その沖縄県に辺野古区民が拒否する権限があってもいいわけです。そこまで来ると「国防」という国家の存立に関わる重要事項が、1500人の賛否に左右される可能性もあるということです。

 名護市長もいれば辺野古区長もいるし、県道があれば市道もある。
 もはや全会一致、全国民一致でなければ国防もできないのでしょうか。
 現実的にそれが無理だから多数決があるのですが。

国防は政府主導で「トラスト・ミー」しては?

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 国防が国主導であるべきなのは誰もが納得することかと思います。

 日本の国土の形状から、国防を担う米軍基地や自衛隊基地がどこに配置するかは決まります。
 日本は長細いですから突端である沖縄や北海道に主要な基地が配備されるのは当然のことです。

 その基地問題が泥沼化するのは「米軍基地」であることから米軍の駐留問題になり、長く沖縄に基地があることから「自治体間の平等」の問題になり、引いては沖縄の独立問題になり、そのための肉付けとして沖縄の先住民問題になる。環境問題もあれば、ゼネコンの癒着問題もあります。

 もはや基地問題に反対する為の方便なのか、基地問題自体が方便なのかもわからないような状態になっています。

 ここはやはり、強力なリーダーシップが必要とされる場面です。

 辺野古移設問題は、合意を取り付けていざ進まんとしていたところを、民主党政権になってひっくり返したことが混乱の原因と言われています。

 当時の鳩山首相が米国大統領に伝えた「トラスト・ミー(私を信じて)」は、その後の基地移設問題が泥沼化していくことと相まって、ブラックジョークとして世間に広まりました。

 いまこそこの迷言?を復活させるとき。安倍首相は翁長知事や沖縄県民に「トラスト・ミー」と言ってみたら?

 夢の打倒自民を実現してくれた鳩山氏の名言ですから、左派勢力の方々も真摯に耳を傾けてくれるかも知れません。

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