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橋本市長が政治家引退を撤回か? 蘇った大阪都構想と維新分裂の果てには?

time 2015/09/09

橋本市長が政治家引退を撤回か? 蘇った大阪都構想と維新分裂の果てには?

 今年の12月に訪れる大阪市長の任期満了をもって政界引退を表明した橋本大阪市長。当初は「やめないで」という多くの声がある中で強い決心を感じさせましたが、ここに来て状況がどんどん変化しています。

 大阪都構想の対案だった大阪会議が機能しない、そして蘇る大阪都構想。
 維新の会の内部での野党再編派と維新独自路線派の対立、そして二枚看板の離党。

 メディアでも橋本市長の政界復帰が取り沙汰され始め、安倍首相も「可能性があるのではないか」と言ったとか。
 これから注目を浴びるのは間違いない橋本市長の去就、これまでの状況の変化を先取りしておいて損はありません。

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なぜ大阪都構想は蘇ったのか?

 大阪都構想が住民投票の結果、僅差で敗れたのは5月17日のこと。そのとき橋本氏は「悔いのない政治家としての7年半だった」と潔く、清々しく、政治家引退を宣言しました。それから4ヵ月が経って、松井大阪府知事が12月の大阪府知事、市長のW選挙で大阪都構想への再挑戦を表明し状況は一転。大阪都構想の代名詞とも言える橋本氏の復帰論が沸き出したのです。

 では、なぜ大阪都構想が蘇るに至ったのかを順に追っていきましょう。

 まず、大阪は大阪府とその大半を占める大阪市の二重行政が非効率であるという問題提起から、その解決策として誕生したのが「大阪都構想」でした。それに対して反対派は二重行政の問題は「大阪会議」で解決できるという対案を示し、住民投票へと突入していきました。

 ここでは都構想推進派を「維新の会」、反対派を「大阪自民ら」と便宜的に書きます。

  5月 住民投票により大阪都構想は否決されます。
    「大阪自民ら」の勝利により対案の大阪会議の設立が提案されます。
    「維新の会」も大阪会議の設立に賛成して発足します。

    「維新の会」が横断的な事務局設立を提案します。
    「大阪自民ら」が個別事務局で十分として否決します。

    「維新の会」が準備会合を行うことを提案します。
    「大阪自民ら」がそれぞれに調整すれば十分として否決します。

  7月 第1回大阪会議開催 「大阪自民ら」が決定条件の変更を提案。
  8月 第2回大阪会議開催されず 「大阪自民ら」が欠席多数により。

 シンプルにすれば、
  ・都構想は否決され対案だった「大阪会議」が設立される
  ・主導的立場の「大阪自民ら」はやる気なし、事前準備もなにもなし
  ・第1回会議開催 「大阪自民ら」が有利なルールに変えたいと言い出す
  ・第2回会議流会 「大阪自民ら」はルール変えないから欠席

 極論すれば「大阪自民ら」は「大阪都構想」に反対するために「大阪会議」を提示しただけで、実際に「大阪会議」をやる気などなかったのです。その証拠に住民投票時には「大阪都構想の対案」として存分にアピールしていた「大阪会議」を今になって「対案ではない」と言いだしています。大阪都構想が否決されたことで大阪会議は無用の長物なのです。

 しかし有権者は黙っていないでしょう。「大阪自民ら」は都構想などせずとも大阪会議で二重行政は解消できると、都構想のように金を掛けなくても大丈夫だと説明していたのです。ところが蓋を開ければ2回目にして欠席戦術で流会。「大阪会議」を信じて反対票を投じた住民達の気持は幾ばくかということです。

 そこで「対案が役に立たないことが明白」となったところで、再度「大阪都構想」を立ちあげようということです。有効と思われた対案がはりぼてだったことがわかったなら、元の案に戻そうというのは自然の流れ。こうして大阪都構想は蘇ったのです。

維新の会はなぜ分裂したのか?

 似たような時期に起こったことなので関連があるようであまりないのが維新の会の分裂です。維新の二枚看板である大阪府知事の松井氏と大阪市長の橋本氏が離党を宣言しました。これにより親橋本派は離党して橋本氏に合流することで維新の会は分裂することが決定的とみられています。

 離党の理由は柿沢幹事長が党として応援しないと決めた候補の応援に出掛けたこと。維新内部で責任を取って辞任するよう求めていましたが柿沢氏は無視。これで橋本派と柿沢派の対立となっていました。

 表向きは応援問題ですが、維新の独自路線を貫きたい橋本氏と野党再編で民主党に近付きたい柿沢氏周辺という対立が底辺にあり、今回の分裂で維新の会は野党再編で吸収されて消滅するのではないかとみられています。

 松井氏、橋本氏が大阪に集中すると言って国政から距離を置いてからというもの、維新の「自民より右寄り」という先鋭的なスタンスはなりをひそめて、民主や共産と同じような主張が目立っていました。対案を出す戦術に力を入れているのは評価できますが、民主と同じ主張なら数で劣る維新を支持する理由がありません。

 維新の会の分裂は小規模な野党再編です。

橋本市長の引退撤回はあるのか?

 引退撤回はある、というより間違いない状況になったとみることができます。

 大阪都構想は橋本氏の代名詞のようなもの。これが復活するのに橋本氏が引退など本人が望んでも世間が許しません。松井氏は橋本氏と近しい人ですからネゴもなしに都構想復活を宣言したはずがありません。

 維新の会分裂も、橋本氏が10月に大阪を軸にした地方政党を立ちあげると見られています。維新の会からも橋本氏に近い議員が離党して、橋本新党へ合流する動きを見せています。橋本氏を慕って新党に合流する人達を12月に見捨てるのでは仁義に反するでしょうし、橋本氏の性格的に院生を敷いて自分は政界引退するけど裏から糸を引くということはしないでしょう。

 気になるのは「公人という立場」です。橋本氏は公人と私人を明確に分けており、公人である内は公人として振舞う必要がある考えています。公人であれば自由な発言をするわけにもいかず、一般人と同じ表現の自由は認められないのです。そこに嫌気が差している風もあります。とはいえ、責任を伴わないコメンテーターを「小金稼ぎ」と揶揄したこともある橋本氏が自由に発言するために一般人になるというの考えずらいもの。

 まだまだ橋本劇場が見られるとあれば嬉しいことです。世代的にも若い政治家ですから頑張って欲しいです。大阪で老人サービスを落として子供支援に当てたこと、有権者の大半が老人である日本でそれをやれるのは橋本氏くらいですからまだまだ続けて頂きたいものです。

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