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70年談話の次は「戦争総括」か?② 総括すると何が起こるのか?

time 2015/08/18

70年談話の次は「戦争総括」か?② 総括すると何が起こるのか?

 70年談話(安倍談話)が発表されてから「日本は戦争を総括していない」という論調が再燃してます。
 一見すると、安倍政権が目指す「戦後レジームからの脱却」を実現するには戦争の総括は必要な気がします。

 しかし、「総括」は本当に必要なものなのでしょうか。また、「総括」に類することは過去に何もしてきていないのでしょうか。なぜ「戦争総括」が叫ばれるのでしょうか。

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 ⇒70年談話の次は「戦争総括」か?① 戦争総括って何?

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そもそも総括する必要はあるの?

 他にも天皇の問題や731部隊、韓国併合、占領後の沖罠基地問題、靖国問題など争点は多くあるので、実際に総括をするとなると時間的範囲、どの事件に焦点を当てるか、それを決めるだけでも大仕事です。南京問題や慰安婦は現在も学者や評論家も含めて喧々諤々の議論がなされています。それを総括するだけでも数年で果たせる作業だとは思えません。そこに天皇の責任問題や靖国神社の戦犯合祀問題が入ってきたら戦後100年までに果たせるかも怪しいです。

 そもそも明確に「戦争を総括」した国はありません。
 はじめから不可能な事業だからという理由もあるでしょう。

 特に民主国家では多様な主義主張が認められており、国民をひとつの思想に当てこむが如き行為は、国体の否定でもあります。これが王政や独裁国家であれば少数の絶対権限をもつ人々で総括することも可能でしょうが、とても民主国家で成すには無理があります。

 日本でやろうとすれば、安倍談話の狂騒より遥かに激しい争いが繰り広げられることは間違いありません。中韓との歴史認識を共通化する試みは過去に失敗しており、互いの歴史を尊重するのが精一杯です。日本国内で歴史認識を共通化することも実質不可能でしょう。「戦争の総括」となれば閣議決定はもちろん、国会の承認が必要でしょうが、最終的には国民投票までしないと国民レベルでの共有には至らないでしょう。

 では、無理だからやらなくていいのか、となります。しかし「戦争を総括」した国が他にない以上は無理やりでも日本だけ総括する必要性はないと思います。総括などしなくても世界は廻り平和は維持されているわけですから、民主主義の原点に挑戦するかの如き所業を膨大なリソースを掛けて実現する必要はないでしょう。

よく比較される「ドイツの戦争総括」とは?

 戦争を総括した国はない、としましたが「ドイツがあるじゃないか」という意見もあると思います。ドイツの戦後は日本とよく比較され「見習うことが多い」という論調も多いです。ドイツは歴史と正面から向き合ったことで欧州での名誉と立場を回復しEUの中心国にまでなったと、メルケル首相も述べています。

 しかし、ドイツは先の戦争が「侵略」だったとは明確に認めていません。ドイツは日本の東京裁判にあたるニュルンベルク裁判にて戦犯が裁かれました。その際に日本と同じく「侵略の罪」でA級戦犯となった人達がいます。しかし、ドイツではニュルンベルク裁判は正当性がなく「戦犯」という罪はないという反動が強くあります。そして歴史教科書から「侵略」の文字を削除させるなど日本と同じことをしています。

 周辺国へは日本より手厚い謝罪を繰り返し行っています。特に多大な被害を与えたポーランドへの謝罪は有名です。しかし、返す刀でポーランドが戦後にドイツ人に対して被害を与えたことを非難しています。これは日本でいえば、敗戦後に大陸から日本へ戻る最中に多くの軍人・一般人が現地人に襲われたことを非難しているようなものです。日本ではこの点は問題化しておらず、ドイツの方が一歩進んでいる部分です。

 ドイツの最大の悪行であるホロコーストはナチスの罪でありドイツ国民の罪ではないというのが基本路線です。むしろドイツ国民もナチスの被害者であるという立場で、ドイツの戦後補償は国外より国内に対して手厚く行われています。ナチスは民主国家であるドイツで誕生した政党でありながら、ドイツ国民に罪はないのですから民主国家の歴史観として如何なものかとは思います。

 日本でも同じことを主張したらどうなるでしょう。悪いのは「日本軍」であり日本国民は悪くない。日本軍は既に解体され戦犯も裁かれた罪を負った。現国体である日本政府と日本人に後ろめたいことはない。「日本軍」の悪行は同じ日本人として謝罪するが、金銭的保証は罪の主体ではないので行わない。

 すっきりとした主張ですが中韓が受け入れるとは思えません。また、日本も戦前は民主主義ですし、天皇の存在もありドイツと同じようには事は進まないでしょう。ともあれ、ドイツは明確に戦争を総括したわけではなく、その内容も日本と同様に曖昧にしたままのものが多くあります。結局はドイツをEUの中心国に押し上げたのはドイツの経済力で、ドイツの産業構造が優れていたからではないのでしょうか。

「戦争の総括」とも言われる「戦犯の名誉回復」

 「戦争の総括」に当たることは既に行われているという主張もあります。それが「戦犯の名誉回復」です。

 1952年にサンフランシスコ講和条約が結ばれ日本は自主独立を回復します。このサンフランシスコ講和条約には戦争犯罪の条項があり、日本で拘禁している戦犯を赦免したり減刑する権利は、日本政府が有するとされました。それにより、戦犯を即時釈放すべきという国民運動が発生します。

 このとき4000万人が署名しました。当時の日本の人口は8500万人ですから子供たちを除けば、国民の半数以上が署名したことになります。それから日本政府は戦犯を釈放し、恩給や遺族支援など続々と名誉回復の政策を施行させていきました。

 これは明確な「戦争の総括」ではありませんが、その当時に半数以上の国民が署名したという事実を踏まえ、日本国民の大多数が「戦犯は犯罪者ではない」と考えていた証左です。また政府もそれを認めて対応しました。これは日本政府が国民レベルで共有した戦争の認識だと考えられます。つまりA級戦犯に科された「平和に対する罪」はなく、BC級の「戦争犯罪」も「人道に対する罪」も存在しなかったとしたわけです。

 但し、日本は東京裁判を受入れておりこの姿勢を崩してはいません。ここにも曖昧な決着があり、今でも東京裁判は無効化したとか、戦犯は犯罪者ではないとか、いや犯罪者だとか、議論の種となっています。

 法的な部分はおいて、国民の半数が署名したということはすごい状況です。現在の日本で6000万人の署名を集めるなどということはまず無理でしょう。この国民レベルと言うに相応しい「認識」を無視して現在の尺度で戦犯や戦争を語るのも如何なものかと思えてきます。

村山談話の教訓から学ぶこと

 戦争を総括することの難しさは良くわかったと思います。民主国家である日本では現実的に無理でしょう。これが戦後すぐならまだ出来たかも知れませんが、現在では厳しいです。また、時間が経ち過ぎており当時の国民感情とはずいぶんと掛け離れて来てしまいました。今から総括を行っても、当時を知る人達からみて「とんでも総括」になってしまうのは、それもまた違うと思います。

 しかし、それでも「戦争の総括」を一度は遡上に挙げるべきだと思います。それは「村山談話」や「河野談話」のような暴挙を繰り返してはならないからです。

 「村山談話」は当時の第2党の党首だった村山首相が閣議決定を経て発表した談話です。「第2党」という選挙で最大の得票を得たわけではない政党の党首が発表し、しかも内容はそれまでの多数の日本人の認識とは異なる内容でした。閣議決定の際には脆弱な連立政権であるがために、内閣の空中分解を恐れて誰も反対できなかったというのです。

 このような状況下で発表された「村山談話」は国際的に大きく受け止められ日本の立場を変えました。20年経った今でも歴代内閣は「継承」を迫られ、70年談話でも「継承」が争点になるほどの存在感を示しているのです。国民世相を大いに反映させた内容であればここまでの問題にはなっていないでしょう。国民世相から大きく外れた内容だから、踏み絵のように毎度毎度内閣に「継承」を迫る必要があるのです。この時点で「村山談話」の存在が誤りであることは間違いありません。

 「河野談話」はさらにひどく、閣議決定を経たわかでもなく河野氏も首相だったわけではありません。内閣の一閣僚が私見として出した談話が、韓国により大きく取り上げられ慰安婦問題へと発展したのです。しかもその内閣は解散することが決まっていた「死に体」でした。

 このような「言った者勝ち」のようなことを平然と行う政治家がいるということ。少なくとも村山・河野両氏は政界でも左派の重鎮であるということ。左派が「戦争の総括」を訴えていること。これらが結びつく「最悪の状況」を想像してみてください。

 左派政権が誕生し左派色に染まった「戦争の総括」を世に出してしまうことです。
 それは日本国と日本国民の共通認識として世界中に認識され、遥か未来まで継承されていきます。

 例えば、安倍政権の支持率が下がり続け解散総選挙となります。自民党の左派議員は分裂するか民主党に流れ込み、安倍政権への反動で民主党を中心とした左派政権が成立します。続く参議院選挙でも過半数を左派が確保します。そこで、国民世相から大きく外れた左派色たっぷりの「戦争の総括」が起草されます。閣議決定はもちろん、国会も左派が過半数を占めていますから「強行採決」で成立します。

 こんな未来は思い描きたくもありません。そのためには「戦争の総括」に対して暴挙をさせない手だてを取っておく必要があると思います。それは安定した内閣で、支持率の高い内閣が行うべきです。例え、「戦争の総括」をすることが無理でも、それを利用し暴挙に出ることを防ぐ必要はあるのです。

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