ナレッジ ウォーカー 「時事散策」

安倍談話を巡る狂騒 その2 村山談話と小泉談話の狂騒

time 2015/07/24

安倍談話を巡る狂騒 その2 村山談話と小泉談話の狂騒

 安倍首相が来月出す「安倍談話」を巡る動きが盛り上がりを見せています。
 来月やってくる「談話狂騒曲」を先取りします。

 ⇒その1 談話とは?何が争点なの?

 その2では、安倍談話に至る経緯、過去の談話にまつわる話です。

sponsored link
金科玉条の村山談話、それは政局から生まれた?

 村山談話は1995年に終戦50年を記念して出した歴史認識の談話です。
 現在に至るまで、時の内閣は必ず村山談話の継承の言質を取られてきました。

 村山談話以前には、公式な政府見解の歴史認識は存在しませんでした。
 村山談話以降は、「村山談話を継承します」が政府の歴史認識となりました。
 ところが、村山談話は十分な議論の上で公表されたものではありませんでした。

 当時の村山内閣は自民、社会、さきがけの連立政権でした。
 しかも村山首相の所属する社会党は第2党、第1党は自民党でした。
 村山首相は自らが指名した閣僚に対しても、弱い立場にありました。

 当然、自らの歴史認識を閣僚に共有させることはできません。
 当然ですが、第1党である自民党議員からは強い反発がありました。

 では、なぜ閣議決定を通すことが出来たのでしょうか。
 当時労働大臣だった平沼氏は次のように語っています。

 「署名しなければ自社さ連立政権が吹っ飛ぶかもしれないという恐怖感があり、
  署名せざるを得なかった」

 20年を経た現在でも政府見解として掲げられる村山談話。
 連立政権の維持のために誰も反対できなかったということでしょうか。
 目先の政局に捉われて、納得できないものを後世に送りだしたわけです。

村山談話の公表時はパッシングの嵐

 村山談話はそれまで認めてこなかった「植民地」と「侵略」を認める内容と
なっていたので、受け入れられない方々は多くいました。
 それまでは「併合は植民地ではない」「戦争は西洋の挑発による自衛戦争」
という考えが主流だったので、当時の政府見解を大幅に超えていました。

 村山談話の前段となる「戦後50年決議」は強行採決で衆議院を通します。
 参議院では決議案の提出が見送られるなど大荒れでした。

 結果として、談話発表後にもばらばらの歴史認識発言が相次ぎました。
 そして、それは周辺諸国との関係を悪化させていくことになります。

 韓国では村山首相の人形が燃やされ、大統領は日本をスラングで罵りました。
 協力的だった「アジア女性基金」は、その後否定的になり禍根を残しました。

 現在では金科玉条の如き村山談話は、公表後は国内からも国外からも、
激しいパッシングに晒されて、大きく問題化されていきました。

 過半数を得た単独与党でもない、連立政権のそれも第2党の党首が、強行して
自分の歴史認識を「政府見解」にしてしまったのです。

 つまり国民の過半数から負託された政党でもないのに、その党首の歴史認識を
それまでの政府見解と異なる形で上書きして、政府見解としてしまったのです。

 この政府見解が、民意から掛け離れているのは間違いありません。
 安倍首相が談話の上書きをしようとするのは、このような経緯があるからです。

村山談話を継承した小泉談話

 小泉

2005年、戦後60年を記念して小泉談話が出されました。
 内容は村山談話を継承したものとして国内では好評でした。
 一部からは「反省が足りない」という指摘もありました。

 この小泉談話は村山談話の上書きになります。
 「侵略」「植民地」「お詫び」をしっかり継承しています。
 違うのは村山談話の次の一文を飛ばしたことでしょう。

 「わが国は、遠くない過去の一時期、国策を誤り、戦争への道を歩んで
  国民を存亡の危機に陥れ、」

 この一文は「一時期とはいつか」「国策を誤りとは何をどう誤ったのか」という
質問に対して、曖昧にしか答えられなかった部分です。
 小泉談話は自虐史観の村山談話から、それ以前の歴史認識に近付きました。

 では、中韓の反応はどうだったのでしょうか。
 答えは、たいした反応はありませんでした。

 小泉首相は靖国参拝問題で中韓と外交問題になっていました。
 この談話も「口で謝罪しても靖国参拝するのだろう」という程度でした。

小泉談話はなぜ無視されるのか?

 小泉談話は閣議決定を経て公表されました。
 正式に村山談話の上書きとなる政府の歴史認識を示す談話です。
 しかし、今でも内閣に問われるのは「村山談話を継承するか?」です。

 2008年の麻生首相は、村山談話継承の質問に次のように答えました。

「いわゆる村山談話についてのおたずねがありました。ご指摘の談話は、平成17年8月15日の小泉内閣総理大臣の談話は、先の大戦をめぐる政府としての認識を示すものであり、私の内閣においても引き続いてまいります。」

 これが正しい回答だと思います。
 村山談話は小泉談話の公表を以て、上書きされたのですから。
 現在の政府の歴史認識は「小泉談話」が継承されているのです。

 ところが、小泉談話という言葉もメディアにはほとんど登場しません。
 これはなぜでしょう。

 村山談話と小泉談話の違いが、都合の悪い方々がいるのでしょうか。
 あるいは「村山」を歴史に残し、「小泉」を残したくないのでしょうか。
 単に村山談話のインパクトが強く、継承した小泉談話は弱いからでしょうか。

 いずれにせよ「安倍談話」が閣議決定を経れば次の政府見解になります。

戦後40年記念の談話はどうだったか

 戦後40年の談話はありません。
 当時は中曽根首相でした。

 1985年は、靖国問題が始まった年で首相は普通に参拝していました。
 その席で「特に語ることはありません」と言って終りです。

 国内向けには靖国神社や戦没者墓地を慰霊することで十分だったのでしょう。
 中韓もまだ靖国や慰安婦で大騒ぎする時代ではありませんでした。

 平和を誓う談話は、平和な時には必要ないということです。

⇒その3 その他の談話 河野談話と菅談話

sponsored link

コメント

  • My preblom was a wall until I read this, then I smashed it.

    by Gerri €2016年6月19日 20:13

down

コメントする






sponsored link

カテゴリー

アーカイブ