ナレッジ ウォーカー 「時事散策」

「ボクのおとうさんは、桃太郎というやつに殺されました。」はグローバル化するか?

time 2015/06/22

「ボクのおとうさんは、桃太郎というやつに殺されました。」はグローバル化するか?

「ボクのおとうさんは、桃太郎というやつに殺されました。」

 このコピーは山﨑博司氏の作品です。
 「桃太郎は正義で鬼は悪いやつと決められているが、これは桃太郎からの視点であり、自分の価値観で見えている世界と、他の人の立場で見えている世界は全く異なる」とのことです。

 このコピーは高い評価を得て、「2013年新聞広告クリエーティブコンテスト」の最優秀賞、「2014年TCC賞」の最高新人賞を受賞しました。

 では、日本で高い評価を得た「ボクのおとうさんは、桃太郎というやつに殺されました。」はグローバル化するのでしょうか?

 

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正義の反対は別の正義。

 かつてはハリウッド映画をはじめ、勧善懲悪の作品が蔓延していました。
 しかし、最近は「敵=悪」ではなく敵には敵の正義がある、という作品が増えました。
 この背景にあるのは、1991年の冷戦構造の崩壊と言われています。

 それまでは味方陣営(日本であれば西側)と敵陣営(東側)が明確に分かれており、「敵=悪」という構造がいわばグローバル化されていました。それがソ連崩壊によりアメリカの単独覇権となり、アメリカ中心のグローバル化が進むことになりました。

 ところが、湾岸戦争や9.11を経て「アメリカは正義の押しつけをしているのでは?」と多くの人が疑問を持ちました。アメリカが介入したアラブにはアラブの価値観と慣習があり、それはアメリカが標榜する正義とは異なること明らかになりました。
 先進性や効率といった資本主義や、主権在民という民主主義、人間の尊厳や女性差別といった平等主義すらも、アラブにとっては押しつけの価値観でしかなかったのです。

 では、「双方の世界を包括した価値観」はグローバル化できるのでしょうか。

 答えは否であると予想します。

 日本人の多くはこのコピーに共感して、何か気付かされるかも知れません。
 しかし、欧米やアラブ諸国においては共感されないか異なる解釈をされるでしょう。
 その根幹にあるのは価値観の相違、「他の人の立場で見えている世界は全く異なる」からです。

一神教と多神教 根底にある違い

 日本では多くの人が「無宗教」を自認していますが、「無宗教」であっても「無神論者」ではありません。
 「八百万の神」が「森羅万象に宿る」と漠然と考えている人が多いと思います。
 善い神もいれば悪い神もいて、ときには争いを繰り広げるという世界観です。
 善い神と言っても必ず善行をするとは限らず、悪い神もまた人間と同じ曖昧さを持ち合わせています。

 ところが一神教は違います。神は唯一にして絶対です。
 神の示す道が教えであり、教えは絶対であり、教えに従うことが正義なのです。

 そして「正義=神」に対して「悪=別の神」とはなりません。
 別の神というのは一神教では認められず、それらはすべて邪教であり悪なのです。

 悪魔というのもいますが、これは神ではありません。
 デビルというのはディアボロスの派生でディアボロスはサタンの訳です。
 そしてサタンは堕天使であり、元は神に仕えた天使なのです。
 唯一にして絶対の神が、最初から悪の存在である悪魔を生み出したのではなく、天使が悪に堕ちたのです。

 話を戻しましょう。
 キリスト教圏である欧米では神の教えは絶対的に正義です。
 相手には相手の正義があるとは考えません。
 なぜなら、神は唯一にして絶対だからです。

 もちろん、対するイスラム教も一神教です。
 神の教えが間違っていると言われて、はいそうですかと変更することはありません。
 むしろ、邪教の教えを広める悪魔の使者に対抗することは聖戦(ジハード)だとなります。

 多神教の考えであれば、そっちの教えもいいこと教えてるね!となるかも知れませんが、一神教同士の争いになればそのような考えになることはありえないのです。

「他の人の立場で見えている世界は全く異なる」

 桃太郎のコピーは、一神教をベースとしている欧米やアラブでは理解はしても価値観として受け入れられないでしょう。
 「世界は全く異なる」のですから。

 このような問題を考える時、日本人は自然と多神教ベースの考え方で考えてしまいます。
 相手の立場で考えれば、どちらにも理はあるのだから、と。
 しかし、そう考えることがすでに「自分の立場で世界を見ている」のです。

 「他の人の立場」を良く知らないのであれば、世界を見誤ることになります。
 「同じ人間なんだから」、などと簡単に括って知った気になる前に、相手の世界観、風俗、慣習、などをしっかりと理解する必要があります。
 そうでないと薄っぺらい「世界平和」にしかなりません。

 小鬼の言う「殺された」は我々の「殺された」と同じ意味なのでしょうか?
 もしかしたら、鬼は死んでも数分後に生き返るのかも知れません。
 我々は鬼について、何も知らないのですから。

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